新生活

実家は、よくありがたみを忘れてしまうが、心からリラックスできる、本当に幸せな環境だ。

夜ご飯を食べ、実家の階段を上がる。何気に行動だが、この生活も今日で終わりかとおもうと寂しい。コタツでこうして好きな本を読む。それがどれだけ恵まれた生活だったか、離れる直前になって初めて分かる。旅立ちのその晩、それまでの日々を振り返り、早めに布団に入った。

 

朝起きて顔を洗っているとき、少しストレスを感じた。布団にくるまっている弟が羨ましく感じる。旅立ちの日はいつもこうだ。

 

感慨にふける時間もなく、荷物を積み込み、実家を出発した。車は無機質な高速道路を延々と走る。途中、道がどっちか分からなくて一瞬びっくりするときもあったが、なんとか高速を降り、目的地に到着することができた。

 

新しい住まいとなる一軒家の場所は分かりづらい。家主さんに挨拶をし、荷物を運び入れる。ほどなくして終了。実家へと両親は帰っていった。

 

ひどくストレスを感じ、スマホをいじる。3年前、同じくこんな気持ちだった日のことを思い出す。もっとも、あの時はいじるスマホがなかったが。

 

普段はこんなにも、連絡をしないのに、話したい人、手当たり次第に近況を報告する。この春に実家を離れた友人から、すぐ返信が返ってくる。彼も一人暮らしという慣れない環境にまだ戸惑っているのだろう。1ヶ月前、東京での生活を始めた友人。その時期は頻繁に連絡が来ていた。めんどくさがって、ちゃんと返信を返してあげてなかったが、今その気持ちが分かり、もっと温かく話を聞いてあげたら良かったな、と後悔する。いつも環境が変わった日は、寂しさに押し潰されそうになり、何も手につかなくなり、無性に実家に帰りたくなる。今の気持ちを、すべての人に向けて叫びたい! -心が、宙ぶらりんの状態なのだ。

 

昼寝して、目が覚め、また眠りたいという、現実逃避の要求に襲われる。この部屋から出たくない、障子を開けなくない。外から聞こえる声に、聞こえないふりをした。でもやることは減ってはくれない。もう眠たくもない。布団から抜け出して部屋の片づけをすることにした。作業をしていると、少しずつではあるが、段々と落ち着いてきた。いったん休憩をし、ズッコケ3人組を読むことにした。

 

その日の晩は、ちょっとした歓迎会をしてくれた。料理を手伝っている時間が異様に長く感じた。いや、実際に長かったのだ。知らない人の場にいるのは、なんか落ち着かない気持ちだ。無理はせず、かといって殻に閉じこもってしまうのでもなく、合わせるように喋っていた。

 

ご飯は、野菜を中心にしたメニューだった。あまり食べたことのない味で美味しかった。もしかして飲み会になるのかなと思ったが、お酒はなかった。なくて良かったと思う。

 

部屋に戻ってからは、スマホをした。仲のいい人の喋りたい、誰かに気持ちを打ち明けたい、という意欲が強くなっているのだ。でも悲しいかな、ラインではやはり心から満足はできないのだ。シャワーを浴び、歯磨きをした。家主の声を掛けられ、アドリブの10分間スピーチをやることになった。こういうのは、まさに共同生活だからこそ、できることだなと思った。本を流すように読み、慣れない、そして寒い部屋で、フッと落ちるように寝た。

 

 

 

次の日の朝、目が覚めた時は、自分の家以外に泊まった時に起きるあの―現実が一瞬分からなく感覚に襲われた。部屋から出るのが億劫だったが、みんな寝静まっていると思い、トイレに行く。実家でやっていたように新聞を読んだあと、マップでここら辺の重要なお店を調べた。スーパー、図書館、マック、ガソリンスタンド、市役所、ボルダリング、コンビニ、、大体のものは近くにあることが分かった。もっとも近くとは、田舎でいう「近く」だが。

 

食べるものが何もなかったので、散歩してファミリーマートでご飯を買うことにした。トコトコと見慣れない道を歩く。気分がいい。おにぎりとファミチキを買って、桜の咲く道を歩く。とても風が強く、手がかじかんできた。たくさんの人が道にいて、こういう所は高知と違うなと思った。

 

帰ってから、一息ついたが、少し暇だなと思い、出かけようかと思った。でも新しいお客が来るというので、待ったほうがいいか、と考えながら、ワードに文章を打つ。お客さんは、少し遅れてやってきた。自分と共通点が多く、驚いた。色々と話し、また改めて家主の話しも聞いた。

 

気分は昨日と打って変わり、とてもポジティブな気持ちだ。知らない街をドライブするのは割合楽しい。お店がいっぱいあり、ある程度他の車が走っていることも大きいだろう。ずっと走り続けると、篠山に出てしまった。帰り道は、マップで見たお店を確認をしていくように、ナビと風景を交互に見ながら、車を走らす。友達から、「暇だー」と連絡が来て、同じ気持ちなんだな、と安心した。

 

これから、通い続けることになるかも知れないスーパーに入る。行く道、行くお店が、全部初めましてだ。こうやって親しみもない、新しい街を一つずつ知っていくんだろうな、と感じた。

どん兵衛と、スーパーで買ったおにぎりを食べ、机のパソコンに向かう。パソコンの時計は、2000を示していた。もう8時!?とも思ったが、いやまだ8時か、と思い直した。しかし、高知で一人暮らしをしているときは、いつお風呂に入っていたか、実家にいるときは、この時間何をしていたか、はっきりとは思い出せなかった。

 

部屋の外からは話し声と、サンドウィッチマンのコントの声が聞こえる。赤の他人と住んでいる、その事実に少し驚きながらも、一人でいるよりも、様々なことを体験できていることを嬉しく思った。心は段々と落ち着いてきているようだ。

 

もう少し、この生活を続けてみようと思った。