今日の時雨を、あのイノシシは知らない。
箱罠にウリ坊が入っているという連絡を受けた。
現地に行くと、箱罠の周りのぬかるんだ土には足跡だらけ。そして箱罠の中で、鼻血出したウリ坊が突進を繰り返していた。
人が近づくとよりパニックになってそちらに突っ込もうとする。「ガチン」という衝突音と共にイノシシは弾かれ、それでも何度も突進してくる。猟師がワイヤーで胴をくくった。
ウリ坊は宙吊りになり、そしてもの凄く大きな声で泣き叫んだ。
「ビイーーーーーー」
耳を塞ぎたい衝動に駆られる程の、大きくて悲しい声。
横から動脈を刺され、血がドパドパと出ている中、苦しそうに息をし、やがて生き絶えた。
辺りは獣と血と泥の匂いでいっぱいだった。
◇◇◇
実は、1ヶ月程前の夜、この辺りをランニングしている時にウリ坊の集団に出くわした。何頭かのウリ坊が左側の草むらからいきなり飛び出しきて、僕の前を通過し、反対側の田んぼに走っていった。同じ母親から産まれた子供たちだろう。
もしかしたらコイツは、あの時に見た中のウリ坊の中の一頭かも知れない。
しばらくして雨が降ってきた。久しぶりの雨だ。雨は最初は静かに、後から激しく降って地面を濡らした。時雨(しぐれ)というやつだろうか。
あのウリ坊は、この雨を知らない。