ハクビシンと束の間の時間

昨日、罠を掛けたトマト農家から連絡が来た。早くもハクビシンが取れたという。驚いた。エサな種類を聞くと、完熟したバナナを入り口、中、奥に順々に撒いているそう。確かにバナナは匂いが強いので効果的なのかも知れない。余談だが、イタチはオニギリせんべいが良いらしい。

檻の中でグルグルするハクビシンをその檻ごと引き取る。取っ手を掴もうとすると「シャー!」と鋭く吠え、中々の迫力がある。噛まれたらタダでは済まない。トマトにかなり被害を出していたというので「取れて良かった」と思った。ハクビシンは一度味を覚えると毎晩のようにやってきて被害を出す。

一度家に持って帰り、地面に置いてまじまじと眺めた。相変わらず檻の中を忙しなくグルグル回り、必死に出口を探そうとしている。少し落ち着かそうと思い、家にあった清見オレンジをあげた。パクッとくわえてガツガツと食べるが落ち着く気配はない。少しでも手を入れようものなら噛み付こうというそぶりがある。顔は険しい。

再び檻を車に乗せて、移動した。

目的地に到着し、取り出そうとトランクを開ける。なぜだろう、だいぶ大人しくなっている。車に乗せている間に落ち着いたのかもしれない。「クシュ」とか「シュー」など弱い鼻声を出し、少し鼻水も垂れているよう。ジーとしたまま一点を見つめ、時々目を細めた。こちらが顔を動かすと、再びまん丸の目に戻った。

「ハクビ?」と呼びかけてみた。反応はあるような、ないような。自分の主観かも知れないが、どこか悲しいそうな表情をしていた。しばらくの間、そうしてずっと見ていた。

◇◇◇

 穴を掘り、水でビショビショに濡れて小さくなったハクビを穴に埋め、土をかける。さっきまであんなに動いていたハクビはもう全く動かないし、その真っ黒な円らな瞳は白濁している。もう何も見えていない。そばに落ちていたツバキの花を土の上に添えて、その場を離れた。

 風が木の葉を揺らし、どこかでウグイスの声がした。暖かい風だ。

 このハクビには、春はやって来なかったのだ。